よどみなく、しっかり。
工場におけるアイロンがけは、まず生地をさっと広げるところから始まります。次がポイントなのですが、アイロン台の下には空気のポンプが付いていて、足元のスイッチを押すと台の上においたものをキュッと吸い付けます。この時、吸い付いた布地を手で伸ばしながら大きなシワをとっていきます。この指を使ったシワ取り作業が実に重要であり、これを丁寧にやるかやらないかが次のアイロンがけの品質を左右するといって過言ではありません。
さて、ここまでが前準備と言って良いのですが、びっくりするほど美しい動作なのです。特に手の動きがなめらかで、よどみなく、生地が気持ちよく伸びていきます。一つの絵画を描いているかのような、丁寧にマッサージをしているような、そんな印象ですらあります。アイロンを使うのはそのあとなので、本当に仕上げをするためだけに使うんだなということがわかります。
本映像はコートのアイロンがけ作業なので、比較的大きなものを仕上げていることになります。それでも、アイロンをあてる部分すべてに一回一回この前準備が行われていきます。それぞれの職人さんで指先の動きは異なりますが、共通しているのは服への愛情を感じることです。
さあ、いよいよアイロンがけです。プロが使うアイロンはなんと3kg近くあります。職人さんたちの手首にはサポーターが巻かれていますが、この重量と使う頻度を考えるとそれもうなずけます。アイロンの作業もまた、よどみなく、そしてしっかりと行われていきます。アイロン自体の重さと、職人さんたちがしっかりと力を加えていく流れ、さらに工場に張り巡らされた菅を通って供給される細かな蒸気によって、コートはみるみるパリッとしていきます。このアイロン作業はただシワをとるだけではなく、最終の形状作りも含んでいます。襟周り、前身頃、ボタンの周り、細部に至るまでアイロンの先を使いながら器用に仕上げが施されていくのです。
アイロンの作業は、大きな動作を伴います。コート作りはパーツに分かれていることから縫製作業は手元で終わるため、アイロンの作業は体全体を使う重労働です。しかし、この作業を人が行うことでコートの仕上がりが断然変わってくるのです。寡黙で重労働、それでいながら仕上がりの繊細な部分までを左右する作業。それがアイロンがけなのです。